――TPPという自由化の大波です。小規模農家は市場競争に生き残れますか。
「いくら規模を広げてコストを下げても、米国の巨大穀物企業や豪州の大農場には勝てない。」
――農地を集約したり企業の参入をもっと自由にしたりしたほうが、日本の農業は再生するのでは。政府の産業競争力会議では、農地を所有できる産業生産法人の要件を撤廃する提案が民間議員からありました。
「企業は利潤で動くから、失敗すれば農地を売却する。外資が買うかもしれない。ニュージーランドでは中国企業が農場を買収した。自国の土地を耕すのに外資に小作料を払う羽目になるのではないかと騒ぎになったそうです。農地を金もうけの手段にしてはいけない。」
「TPPはグローバリゼーションのひとつのゴールですが、食糧まで自由貿易にさらすのは危うい。インドは世界最大のコメ輸出国になったが、飢餓人口は高水準だ。農産物の貿易は余った国から足りない国に行くのではなく、価格の安い国から高い国に行くからです。こんな農業にすべきではありません。」
――関税撤廃で商品の価格が下がれば、消費者にはプラスです。
「牛肉の関税が下がると、安い輸入肉が入って牛丼の値段が下がる。これに対抗して牛肉と無関係の外食も値段を下げる。結局、労賃を下げて競争するしかなく、牛肉が安くなるだけでは済まない。」
「農業は単なるひとつの産業ではありません。自然環境や地域コミュニティー、農村文化が合体したものです。
――政権の成長戦略では農産物の輸出額を倍増する話がでています。
「農業と工業は原理が違う。工業は競争による優勝劣敗の構図だが、農業は自然との調和と支え合い。」
――とはいえ農業の就業者は高齢化しているし後継者も探しにくい。耕作放棄地も解決できていません。
「農業が衰退してきた本質に目を向けるべきです。日本も韓国も戦後、農地解放して小農を土台にしたが、工業化政策の過程で農業や農村は疲弊した。高度成長期は農村から労働力を集め、工業で稼ぎ、痛みがあるところには補助金を与えればいいと。いま問われているのは、そういう生き方をいかに変えるかということでしょう。韓国は工業製品の輸出で成長しようと米国や欧州と自由貿易協定を結び、国内総生産の9割が貿易に依存する。カミソリの刃の上を渡るような危ういやり方です。」
――家族経営にこだわると農業に新しい人が入ってこないのでは。
「新たに農業をやりたい人には、離農した人の跡地に入ってもらえばいい。ロシアの都市近郊には『ダーチャ』と呼ばれる別荘のようなものがたくさんあり、200坪ほどの土地を貸し与えられた多くの都市住民が週末農業を営んでいます。神奈川県の横浜市や茅ヶ崎市などでは1反でも農地を買えるようにして、ふつうの人が農業をやりやすくしています。」
――農業の未来をどのように切り開くべきですか。
「日本の農業の唯一の強さは、地域に農家と消費者が混在したり、都市が近くにあったりすることです。作家の故井上ひさしさんは、日本人はまだ箸を捨てていないから、稲作は残ると希望を託していました。私が読んだ新聞の世論調査でも、TPPで外国から安い農産品が入るのはいいことかという問いに、そうは思わないと答えた人が半分近くいた。希望をみる思いでした。そういう人たちと農家はつながっていくべきでしょう。」
2013年5月16日(木曜日)『朝日新聞』掲載